第2回大辞泉が選ぶ新語大賞 あなたの新語も辞書に載せよう。

選考会レポート

2017年5月から開催された第2回「大辞泉が選ぶ新語大賞」。その最終選考会が11月22日に行われました。今回は特別選考委員として、明治大学教授・田中牧郎先生をお招きし、大辞泉編集部とともに選考にあたっていただきました。投稿総数2,424本の中から、どのような過程で大賞が決まったのでしょうか? 選考会当日の模様をレポートします!

特別選考委員

明治大学国際日本学部教授
田中 牧郎 たなか まきろう
1962年・島根県生まれ。東北大学文学部・卒業。東北大学大学院文学研究科・修士課程修了。東京工業大学大学院社会理工学研究科・博士課程修了。明治大学国際日本学部・教授。国立国語研究所・客員教授。日本語学会・評議員。日本医学会・用語管理委員。主な著書に『図解 日本の語彙』(三省堂/共著)。『近代書き言葉はこうしてできた』(岩波書店)。『コーパスと日本語史研究』(ひつじ書房/共著)ほか。

選考委員

『大辞泉』編集長
板倉 俊

『大辞泉』副編集長
大江 和弘

ほか編集スタッフ

最終選考までの道のり

2017年5月18日(言葉の日)に募集をスタートした第2回「大辞泉が選ぶ新語大賞」。特設サイトやTwitterを通じて、毎月たくさんの「新語」や「新しい意味で使われるようになった言葉」が皆様から寄せられました。編集部では毎月の投稿から「今月の新語」を選定して発表。11月19日の最終日までの投稿総数は実に2,424本でした。そして、最終選考会で、今年の新語大賞が選ばれます。たくさんのご投稿をいただき、誠にありがとうございました!

中学生が学年全員で投稿してくださいました!

たくさんの投稿のなか、宮城県の古川学園中学校3年の皆さんからは、なんと学年全員で「新語」の投稿をいただきました。国語科の水野先生がオリジナルの投稿用紙を用意され、皆さんの投稿をまとめて編集部に送ってくださったのです。編集部のおじさんの耳目にはなかなか入ってこない、若いみなさんの言葉がたくさん寄せられ、とても嬉しいサプライズでした。古川学園中学校の皆さん、どうもありがとうございました!

毎月の「月間賞」50語から最終選考

最近確かによく聞くなぁと思う馴染みのある新語から、思わず「へぇ~」と声に出てしまう耳慣れない言葉まで、個性的な言葉が最終選考に残りました。世相を反映した言葉、ネットならではの言葉、政治の世界を象徴する言葉など、今年を振り返りつつも、来年以降も使われていくであろう「新しい言葉」がたくさん集まりました。さあ、この中から新語大賞に輝く言葉はいったいどれなのでしょうか?緊張の選考会が始まります。

選考会、スタート!

大江 今年の新語大賞、総投稿数は2,424本でした。最もたくさん投稿されたのは【インスタ映え】の69本。これに【インスタ萎え】【インスタジェニック】などの関連語を加えると86本になり、次点の【忖度】の2倍以上でした。3位の【プレミアムフライデー】は34本で、当初は歓迎する語釈が多かったものの、夏ごろから「定着しなかった習慣。政府の手際の悪さを象徴する言葉」といった皮肉を込めた語釈がチラホラ。1年のうちでこんなに評価が変わる言葉も珍しいと思います。

■投稿数ベスト10
1位 インスタ映え 69本
2位 忖度 43本
3位 プレミアム・フライデー 34本
4位 卍、マジ卍 22本
5位 ワンチャン 15本
6位 バズる 14本
7位 文春砲 13本
8位 とりま 11本
9位 パワーワード 10本
9位 ワンオペ育児 10本

板倉 5月18日からスタートして、毎月、その月を象徴する新語を「月間賞」としてきました。

田中 月間賞は投稿数の多いものを選んでいるんですか?

板倉 そうでもないですね。面白い言葉、インパクトのある言葉を選んでます。数だけだと、その時その時の話題の言葉っていうのはなかなか現れてこない。「おっ?」と思わせる新語や『大辞泉』未収録語の投稿は、数として少ない場合が多いんです。5月の新語から見ていただきますと…。

田中 【文春砲】ってインパクトがあって強い言葉ですけど、「ロケット砲」や「カノン砲」など砲の種類でなく、撃ち手の名前を付けた「なんとか砲」って珍しいですよね。月間賞に選ばれた今年の5月って、誰がやられたんでしたっけ(笑)。

板倉 これは昨年のキャンペーンでもたくさん投稿された言葉なんですよ。

田中 あ、5月は(キャンペーンの)最初だから、去年の余韻で上がってきたんですね。

大江 【文春砲】ブームの1発目は、やはり去年のベッキーさんでしたから、これは2016年年の新語ですね。でも、今年も雨上がり決死隊の宮迫さんや、山尾志桜里衆院議員への“砲撃”が続きましたから、そのたびに投稿が増えます。投稿数がスキャンダル報道のバロメーターになっている感がありますね。

板倉 月間賞を見ると、その月その月のことを思い出すね。

大江 この【アクブレ事故(アクセルブレーキ事故)】は5月にたくさん投稿されました。事故自体は今も発生し続けているんでしょうけど、当時、ニュースでの扱いが多かったような気がしますね。【印象操作】も6月頃に、安倍さんが使った言葉でしたし。

政治の世界は「新語」の宝庫

田中 この頃から安倍さんの支持率も怪しくなってきましたよね。小池さんが出てきて、話題をかっさらわれた時期。

大江 小池さんは、日の出の勢いでしたね(笑)。

田中 政治の世界からは、本当にたくさんの言葉や新しい用法が生まれますけど、あっという間に終わっちゃう言葉も多いですよね。

大江 9月の月間賞のひとつ【希望の党】も、華々しくニュースに登場してきた言葉でしたね。今となっては…ですが(笑)。

田中 【希望の党】というのは新語らしい新語ですね。「希望」自体は明治時代からある言葉ですけど、政党の名前になるというのは面白いと思いました。でも、さっそくしぼみかかってますが…。

板倉 投稿としては【○○ファースト】も多かったです。もちろん【都民ファーストの会】の投稿も多数でしたが、これ自体、トランプ米大統領の「アメリカ・ファースト」の引用なわけで。

大江 それが、夏以降には【自分ファースト】【天下りファースト】といった、引用の引用といえる投稿も増えました。「ファースト」自体が流行語になりましたね。

板倉 政治関連ではやり流行語となったのは【忖度】でしょう。この言葉には、本来「相手に配慮する」という意味はなかったんですが、今はそういうニュアンスで使われているという投稿が非常に多かったです。言葉の新しいニュアンスをどこまで捉えるか、というのは難しいですが、現状はもう「首相の気持ちに配慮した」っていう意味での使い方をみなさんしていますから、辞書にもそこまで書き込んでいいのかもしれないな、と思っています。

田中 従来からあった言葉だけど、意味が拡がって強烈に目立ってきたということで、まさに新語と呼んでいいのかもしれませんね。それと、私は9月の新語には期待していました。選挙モードに突入した9月末頃から、言葉の世界も荒れると思っていましたので。

大江 9月の【ダブル不倫】は政治関連ですね。山尾さんは否定していますが。

板倉 月間賞に挙がったからといって、すべてを『大辞泉』に採用するかというとなかなか難しい。さすがに【ダブル不倫】を立項するかというと、ちょっと勇気が…(笑)。ただ、今までにない言葉で時代を反映しているということで、月間賞に選んだという面はあります。

ガチで空虚な「雰囲気イケメン」

田中 11月の【雰囲気イケメン】って何ですか? 誰か特定の人をイメージしてるんですかね? 応募された語釈には「よく見ると格好よくないが、髪型や服装で補正されている男性」とありますが…。前から言われてたんですかね?

大江 そうですね、特に新しい言葉ではないと思います。

板倉 ●●●●さん(若手人気俳優の実名)なんてのはどっちなんだろうね? あの人は本当にイケメン?

大江 いや~、【雰囲気イケメン】じゃないんですかね、かなり(笑)。ここは伏せ字で…。この言葉の面白い点は、補正される価値も補正の材料も、どちらも「見た目要素」だということだと思います。残念なルックスの男性でも、髪型と服装で補正されて【雰囲気イケメン】になれるけど、性格や仕事ぶりが評価されても【雰囲気イケメン】にはなれません。容姿が容姿を補正するという、ちょっと悲しい、空虚な言葉だと思うんです。

板倉 なんか熱く語るね~(笑)。

田中 「よく見てみたら格好いい」ではなくて、「本当は格好よくないけれど、補正されて格好よく見える」ということですものね。あと、若者が主に使う表現としては【誤爆】が投稿されていますね。「誤ってLINEの送信をしてしまうこと」という語釈ですか。

板倉 今回、紹介している語釈は投稿されたもののままなので、意味の捉え方や文章の書き方が辞書っぽくないものもあるかもしれません。

大江 【誤爆】をLINEの誤送信に限定しているのは、この投稿者の感覚としてそう思ったということでしょうね。

板倉 本来はLINEだけでなくメールの誤送信も【誤爆】ですね。これなら僕らの世代でも知っている意味です。

大江 でも、今の若い人はメールよりもLINEですからね。

板倉 本人が望まない言葉や情報がネットで出てしまった、という意味では11月に【パラダイス文書】という言葉も出てきました。これは、もうちょっと話題になるかと思ったんですけど、去年の「パナマ文書」ほどの盛り上がりはなかったですね。

田中 そうですね。第一報は華々しかったですけど、あんまりないですね反応が。やっぱり一般の人には分かりにくい言葉ですよね。

板倉 分かりにくいということでは、個人的に【ガチ勢】なんかは、僕自身が初めて聞く言葉なので悩みました。

田中 「ガチ」はよく聞く言葉ですが「勢」と結びつくんですね。どういう場面で使うんですか?

大江 例えばゲームを真剣にやり込んでいだり、凄いアイドルファンでおカネもかけていたり…。趣味の世界にどっぷりハマっている人たちを指す言葉です。

田中 影響力のある人たちなんでしょうか。その【ガチ勢】の動向で、その物事の方向性が変わるとか。何かを左右するということはあるんですかね。辞書好きの人たちに関しても【ガチ勢】って呼ぶんでしょうかね(笑)。

大江 居てほしいですね、それぐらい辞書を愛してくれる人たちが。でも、これは基本的にネット用語のようで、口語でも使われているかどうかといえば、そこまで一般的ではないかもしれないですね。

やはり目立つのは「ネット発」の新語

田中 ネットが発生源の言葉は目立ちますね、【インスタ映え】ももちろんそうですし。一方【横入り】は確か関東近県の方言だったはずですが、それが標準語化したんでしょうか。『大辞泉』には未収録なんですか?

板倉 なかったんです。

田中 『大辞泉』は方言はあまり入れていないんですか?

板倉 残念ながら多いとは言えませんね。方言の世界は、それだけでひとつの辞典ができるほど奥が深いですからね。一般的な国語辞典では、方言の意味は書けても「これはどこの方言です」と明記するのが難しい。不正確なことは書けませんから、あまり無理はしないようにしてます。

田中 【シンデレラフィット】も面白い言葉ですね。

大江 英語の資料などを調べてもほとんど出てこない言葉なので、おそらく和製英語かと思います。

田中 なんで今の時代にこの言葉が現れたんですかね? ぴったりハメるとか、みなさん収納に悩んでるんでしょうか(笑)。

大江 収納関連の本や雑誌は、いつでも一定数売れますからね。そういった本の編集者なんかが考えた言葉かもしれません。「狙って作った造語」感がありますね。

板倉 誰が考えたんだろう。上手いなぁ。でも、シンデレラの靴の話を知っている人でないと理解できない言葉ですよね。

田中 この中から大賞となると…難しいですねぇ。投稿数が圧倒的に多かった【インスタ映え】は、それだけ注目を集めた言葉と言えるんでしょうけど。

板倉 そうですね。【インスタ映え】は有力かなと思います。

田中 「○○映え」という言葉が新語として登場すること自体が面白いですね。「見映え」「夕映え」「出来映え」など、どちらかと言えば古い美しい言葉というイメージがある。【ガチ勢】など多くの新語はいかにも俗語っぽいですけど、「映える」は新語に使われる語としては逆に新鮮です。それが「インスタグラム」と組み合わされたのも面白いですね。

板倉 大辞泉には「○○映え」という言葉が11語あります。

田中 でも、カタカナと結びついている語はないですよね。そんななか「インスタ写りがいい」などと長く言い回すのでない【インスタ映え】という言葉は、的確な造語と言える。

大江 これを若者たちが使っているのも面白いですよね。ふだんは「月映え」や「栄映え(さかばえ)」など、優雅な言葉とは縁遠いはずの若者が、新しい「映え」ワードを使いだしたという。

田中 【インスタ映え】する被写体って、なんでもいいんですか? 食べ物とか風景とか。

板倉 SNSで「いいね!」をたくさんもらえそうな写真ならなんでもいいんだと思います。また、例えば、ある洋服を指して「これインスタ映えするね」というような言い方もします。写真は撮られていないのに、素材自体が【インスタ映え】という評価の対象になるので、辞書としての語釈は少し難しいです。

田中 インスタグラムにアップする前提でなくても、きれいな構図で切り取れそうなものを【インスタ映え】って言うんですね。そういうところまで意味が拡張してますね。

大江 以前は写真の「映え」なんて、プロのカメラマンでない素人はそこまで気にしなかったんだと思います。自分で撮って、自分と家族が見るぐらいでしたから。それがSNSの普及でみんなが「他人に見せる写真」を撮るようになり、「映え」を気にするようになったんでしょうね。

田中 フェイスブックやツイッターなど、他のSNSがこのような複合語になって新語が作られた例ってあるんですかね?

大江 2013年ごろ、問題行動をわざわざツイッターにアップする人たちのことを「バカッター」と呼んだ言葉が生まれましたが、それぐらいですかね。

田中 インスタグラムは「インスタ」と略せるので、複合語を生みやすいのかもしれません。

板倉 では、そろそろ大賞を決定しましょう。田中先生、いかがですか。

田中 やはり【インスタ映え】ですかね。

板倉 ありがとうございます! では、今年の『大辞泉』新語大賞は【インスタ映え】に決定いたしました!

田中牧郎先生の選評

第2回「大辞泉が選ぶ新語大賞」には、2,424本の新語が寄せられました。そのうち、キャンペーン期間中の5~11月に毎月選定した「今月の新語」計50語を検討し、【インスタ映え】を「今年の新語大賞」に選定しました。語釈は、「写真共有アプリ、インスタグラムに投稿した際、見映えのよいこと」、用例は「インスタ映えする写真」などです。これを、『大辞泉』各種アプリや、Web辞書などに収録します。

インスタグラムの普及にともなって一気に広がってきた言葉ですが、最近は、写真を撮る前の素材や場所の良さについて、写真になったときの見映えを想定して「インスタ映えするスイーツ」「インスタ映えするカフェ」などとも用いられ、意味の拡張が見られます。また、インスタグラムなどのSNSに関係しない場面で、単に、写真がきれいに撮れることを言う場合もあります。

今やSNSは新語拡散に絶大な力を発揮していますが、【インスタ映え】は、それが生んだ新語を自らの力で普及させたケースになります。同じSNSでも、言葉が主体であるツイッターやフェイスブックではなく、写真が主体のインスタグラムから、ほかならぬ写真に焦点を当てた言葉が勢いを強め、ダントツの得票数を得ました。一方で、インスタ映えする写真を撮ることに躍起になっている人を揶揄した「インスタ蝿」を大賞に推す声も少なくなく、【インスタ映え】の流行に辟易している人もいるようです。

【インスタ映え】について、言葉の成り立ちとして目を引くのは、和語「-ばえ」を含んでいることです。「-ばえ」の元の形「はえ」は、動詞「はえる(映・栄)」の連用形が名詞化したもので、『源氏物語』のころから、はなやかに引き立つことを意味して使われてきた、長い伝統を持つ言葉です。「-ばえ」には、近年まで、「見ばえ」「出来ばえ」のように、動詞の連用形に付く用法か、「夕映え」のように、夕日や薄明かりを表す名詞に付く用法しかありませんでしたが、最近になって、「スクリーン映え」「動画映え」「テレビ映え」など、姿が映る媒体を表す名詞に付く用法が登場しており、【インスタ映え】の誕生と普及は、この動きの先端を行くものでしょう。また、従来、「写真写り」「テレビ映り」など、「-うつり」の形で用いられてきた言葉が、「-ばえ」の形に移行する動きも見えており、「写真映えする二人」「テレビ映えする企画」などと使われています。新しいコミュニケーションツールでは、そこによくうつるだけでなく、はなやかに引き立ち、それが次のコミュニケーションを呼び起こすかどうかまでが重視されるようになってきたのでしょう。

今後は、「インスタ」の普及がどこまで進むかとともに、「-ばえ」の造語力がどこまで高まるかに目が離せません。

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